銀座のクラブについて

どうしてクラブが集中?銀座のクラブやその特徴について

銀座にクラブが多いのはなぜ?

銀座にはもともと銀貨の鋳造所がありました。職人や商人にとっては、居を構えたり商売をするのにとても都合がよく、これをきっかけに人が集まり、栄えていったという歴史があります。加えて、幕府に使える人たちも集うようになり、徐々に賑わいを見せていきました。
その後、銀座大火などと呼ばれる大火事などがあり、それを機に街の雰囲気は一変したそうです。
廃れたのではなく、焼失した街を蘇らせようと、洋風の並木道やアーケード、建築物などが次々と建ち、発展していくことになります。

この地で商売をする人やお店の相手は、徐々に貴族階級へと広がっていきます。
東京の中でも格別な地としての立場を確立していった銀座は、やがて全国から商売人や地位を持った人々が集まるようになり、現在の姿へと近づいていったのです。

現在ではご存知のように、日本の中で最も高い地価を持つ街となりました。
その過程で登場したのが、富裕層の方達を楽しませるためのクラブです。一般的な飲み屋さんとは異なり、女性が最高のおもてなしをすることで男性方に満足と優越感を提供することが、クラブの一種の役割でした。
お金を持った人が集まる街にあって、こうした形態のお店が登場するのは必然だったのでしょう。
一つ二つとクラブが登場し、そこに富裕層が集えば、同じようなお店が次々と生まれ出てくることも、当然の流れです。

こうして、銀座には富裕層を相手にした高級クラブが立ち並び、今尚多くの男性たちの心を満たしているのです。

街同様に高級感溢れる店ばかりなのが特徴

江戸時代には御用達、明治時代には華族や財閥、その流れで戦後は高度経済成長により成功し富を得た人たちや、そうした人たちを相手にした商売を営むお店が集うようになった銀座という街。
このエリアに高級店が集約されるようになったのは、このような流れからですが、この街に住む人たち、あるいはこの街で仕事をしている人たちを相手に接客をするのに、中途半端なクラブなど運営できるわけがありません。

街の雰囲気や、そこに住む人たちなどに見合った高級感溢れるクラブが、当時から現在まで、夜の街を賑わせているのです。

銀座の街は、夜の雰囲気にも品があります。クラブをはじめとしたお店がオープンする時間帯以降も、街行く人たちは銀座の雰囲気に引っ張られるのでしょうか、品や節度を保ちながら夜の街を楽しんでいる様子が伝わってきます。
クラブはもちろん、銀座の各お店に出入りする様子を見れば、それがよくわかるでしょう。
まず、お店の門構えも上品であり、過剰な演出や度を越した華美な装飾で目立とうとする飲食店は少なく、日本人らしい控えめな主張で、シックな高級感が感じられます。
そのお店に出入りする人の身なりも品がありますし、お酒を楽しんだ後も、しっかりとした足取りでお店を後にする人が多いのです。

これはやはり、銀座という街や、そこに構える高級店が、そのような状況を生み出しているのでしょう。
高級感というものを履き違えていない点も、銀座という街の素晴らしいところではないでしょうか。

一部キャバクラ・ニュークラブなども存在

銀座の夜の街と言えば、やはり高級クラブを外すことはできません。
素晴らしい飲食店は多々ありますが、大人が銀座を本当の意味で知るのは、高級クラブに出入りできるようになった時なのでしょう。

銀座には、この高級クラブの他にも、お酒や女性との会話が楽しめるお店があります。いわゆるキャバクラニュークラブと呼ばれているお店です。
キャバクラは、いくら高級感のあるコンセプトを打ち出していたとしても、高級クラブの質にはかないません。そもそも異なるものと考えておくべきでしょう。
ニュークラブは高級クラブに寄せた雰囲気を演出してはいますが、キャバクラの延長線上にある形態のお店です。やはり、高級クラブほどのサービスやおもてなしを提供するのは難しいのではないでしょうか。

私もキャバクラ嬢として働いていた時期がありますが、高級クラブへ移ってわかったことは、これらのお店とは一線を画しているという点です。
それほど、銀座の高級クラブは特別なものと言えるでしょう。